売物件 宇部市中尾1丁目 敷地359坪 宇部のお城 毛利福原邸そば 長州藩永代家老福原家 宇部領 幕末不動産
おすすめポイント!
幕末不動産シリーズです。今回ご紹介させていただく物件は、宇部市中尾1丁目にある、長州藩 永代家老 毛利福原家のお城(正式には御田屋)の道路を挟んだところにある物件です。
福原家は、通称”毛利福原”と言われ、毛利一族として毛利家宗家を代々補佐し活躍してきました。福原家の代表的なところとしまして、中国地方を統一し大大名へと成長させた、あの”毛利元就”の母親は福原家で生まれて毛利本家へ嫁ぎ”毛利元就”を出産し、第8代当主:福原広俊(大河ドラマ”毛利元就”では俳優の佐々野高史さんが役を演じられました。)は”毛利元就”の祖父となります。その後、毛利元就は、山口市の豊栄神社にて”神”となり祀られています。宇部市を代表する”ときわ公園内”にある大きな常盤湖は、当時、広範囲の田畑へと用水が届くよう領民のために、第15代当主:福原広俊および福原家家老:椋梨権左衛門の尽力より築造されたそうです。幕末時は、討幕へと導いた第13代長州藩主:毛利敬親は福原家で生まれて(江戸長州藩邸にて)養子にて毛利本家の家督を継ぎ、”討幕”という明治維新への偉業を家臣達と共に成しています。その後、毛利敬親は山口市の野田神社にて”神”となり祀られています。また、幕末時の第24代当主:福原越後は徳山毛利家で生まれて養子にて福原家の家督を継ぎ、京都御所にて徳川幕府と長州藩が武力衝突した”禁門の変(蛤御門の変)”では長州藩総大将として参戦しましたが敗れてしまい、徳川幕府からの報復として第1次長州征伐となり、長州藩を救うために自ら自刃する悲劇もありました。その後、自ら命を差出し長州藩を救ったことから宇部護国神社にて”神”となり祀られ、歴史にその名を刻みました。第25代当主:福原芳山は、炭鉱や石炭業など宇部の発展に多大な貢献をし、宇部の重要な石炭産業となる”宇部炭田の礎”を築いたことが、都内や宇部市に本社を置く大手化学メーカーUBE株式会社(旧宇部興産)へと繋がっているのです。このようなことから福原家は、領民を大切に想い平和を願った、”宇部のお殿様”として親しまれ、今も宇部の人々から愛され続けているのです。
また、本物件の道路を挟んだ場所に福原家が設立した、学校の”維新館”の石碑があり、福原家は教育に力を注いでいたそうです。後に外務大臣となった青木周蔵もこちらに通ったとされています。”維新館”の”維新”が、その後のあの”明治維新”というワードに関連や由来しているかどうかは不明ですが、もしかしたら関連しているのかなぁ、、、、と思えばロマンさえ感じてしまいます(笑)。本物件は、その”維新館”の石碑とお城の間に位置し、敷地面積は359坪と広いため、勝手な想像となりますが、お城を取り巻く関連施設や、福原家の家老や重臣の方々のお屋敷があった場所だったのかなぁ、、、と勝手に妄想してしまいます(笑)。お城や本物件のメインアクセス道路は通称:参宮道路と言われ、その参宮道路を少し上ると、毎年多くの参拝者が訪れる大社:琴崎八幡宮があり、福原家のお殿様も家臣の方々を連れ祈願をされたそうです。本物件周辺は、歴史的に色濃く、今なお”維新の風”が吹いているようです。
物件詳細情報
- 所在地
- 宇部市中尾1丁目4-5
- 価格
- 1,500万円
- 土地面積
- 1187.97㎡/359.36坪
- 設備
- 上水道、下水道、プロパンガス
- 現況
- 空室
- 取引形態
- 仲介
- 建ぺい率
- 60%
- 容積率
- 200%
- 用途地域
- 第一種中高層住居専用地域
- 地目
- 宅地
- 特記事項
- 古家あり
行程記 山口県文書館所蔵 星のマークがお城(正式には御田屋)
銅像 福原越後公 ご参考まで
石碑 福原芳山公 ご参考まで
- 備考
- 弊社は歴史の専門家ではなく、独自の調査により記載内容に曖昧な内容、逸話、諸説、言い伝え、根拠のない内容、大げさな内容や誤り等がある場合があります。また、記載内容の曖昧な内容、誤った逸話や諸説、言い伝え等根拠のない内容、大げさな内容や誤り等がある場合の責任は一切負いかねますので予めご了承下さい。
福原家(毛利福原家)の歴史につきまして、”宇部市まなびの森くすのき”の博物館側にて、パネル展示、古文書、甲冑等、常設展示されています。
https://www.city.ube.yamaguchi.jp/koukyouannai/shisetsu_kyouiku/1009905.html
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