厚狭毛利家お城(居館)近くのお家 山陽小野田市大字郡 厚狭地区

山陽小野田市郡(厚狭地区)の通称”殿町”には、かつて厚狭毛利家のお城(居館)がありました。中国地方を統一した毛利元就公の5男:毛利元秋公を始祖とした厚狭の領主として代々就任してきました。このあたりが、通称”殿町”と呼ばれているのは、厚狭毛利家のお城(居館)がありお殿様やお姫様が住んでいたことが由縁だと思います。

江戸時代末期の頃には、厚狭毛利家のお殿様:毛利元美(別名:能登)公へ嫁いできた妻:毛利勅子(ときこ)姫においては、明治維新後、地域の子供達のために学問や教育にとても尽力し、船木女児小学を開学し校長となり、女子教育のパイオニアとして活躍しました。現在は、山口県立厚狭高等学校へと改称され、お姫様自ら率先し教育の第一人者として地域の子供達のために多大に尽力した功績が、”毛利のお姫様伝説”として今も語り継がれています。その毛利勅子姫は、徳山藩主第8代毛利広鎮の子であり、その実の兄弟には、徳山藩最後の藩主第9代毛利元蕃公、宇部市の宇部護国神社にて神として祀られている長州藩筆頭家老及び宇部領主を務めた第24代福原越後公、山口市の野田神社にて神として祀られている長州藩最後の藩主第14代毛利元徳公、山形藩主や館林藩主へ就任した秋元志朝公など歴史に名を残した実の兄弟が多く、厚狭には”毛利勅子姫あり”という感じだったのかもしれません。

一方、萩市にある萩城のそば萩城二の丸には、厚狭毛利家が所有するとても大きな屋敷や敷地があったそうです。現在は、長屋の一部が現存してるだけですが、一部だけでもあまりの長さに圧倒されてしまい、厚狭毛利家が毛利家一門として重要なポジションにあったことを感じさせます。厚狭毛利家のお殿様や家臣の方々は、萩城そばの大きな屋敷と厚狭のお城(居館)を定期的に行ったり来たりしていたのでしょう。

山陽小野田市郡(厚狭地区)の通称”殿町”当物件は、その厚狭毛利家のお城(居館)があったところからほど近い場所にあります。建物はダイワハウスの建物となり、全室の開口部はおおよそ南側に配置され日当たりは良く、間取りが4LDKとなり2ヶ所のトイレが設置されています。キッチン横の勝手口の扉から直接アクセスできる差掛けスペースは、洗濯物を干したり、ゴミの保管、タイヤの保管などができ便利だと思います。駐車場については、複数台駐車でき、屋根付きの駐車場の2台分は、愛車を強い日差しや雨風などから守ることができそうです。南側には田園ビューが広がり、北側には厚狭川が流れておりリバーフロントからのリバービューや水鳥が水面を泳いでいる姿に癒されそうです。

弊社は歴史の専門家ではなく、独自の調査により記載内容に誤り等がある場合があります。また、記載内容に誤りや大げさな内容等がある場合の責任は一切負いかねますので予めご了承下さい。

物件詳細情報

所在地
山陽小野田市大字郡1280番地1、1280番4
価格
780万円 
間取り
4LDK
建築時期
平成9年10月築
構造
軽量鉄骨造瓦葺2階建 
土地面積
392.99㎡/118.87坪(1280番1 323.84㎡ 1280番4 69.15㎡)
建物面積
138.00㎡/41.74坪(1階84.07㎡ 2階53.93㎡)
駐車場
複数台可
設備
上水道、浄化槽
現況
空室
取引形態
仲介
入居可能日/引き渡し時期
相談
建ぺい率
60%
容積率
100%
用途地域
無指定
地目
宅地
特記事項
厚狭毛利家居館絵図 洞玄寺所蔵

ダイワハウスの建物

車庫 軽量鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺平家建 34.32㎡/10.38坪

1280番4 地上権設定あり
地上権者:山口県 目的:工業用水道管埋設

動画については改めて掲載致します。

物件マップ

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